「遊び」のなかで考え、ないものをつくりだしていく
「昨日もスノーボードしに山に行ってたんですよ」。とある早春の週明け、東京・代々木上原のオフィスに現れた谷尻誠さんは、楽しげに笑いながら語り始めました。「雪が降る時期は、土日泊まって月曜の朝まで滑って、オンラインミーティングしながら都内に帰ってきて、午後は普通に仕事するみたいなことがけっこうあって」
建築家として住宅や商業空間の設計からランドスケープデザイン、インスタレーション作品の制作なども手がける一方、起業家としてさまざまな事業を展開しているので、さぞかし多忙で働き詰めなのではと思いきや、と意外な印象を受けます。
「あんまり仕事をし過ぎないようになりましたね。コロナ禍以前は仕事に100%費やしていて、それが自分の幸福度につながると思っていたんですけど、一回立ち止まってみると、元の状態に戻りたいとも思わなくて。せっかく立ち止まれたので自分のこれからのことを考えてみたら、もっと遊ぶというか、やりたいことをやらないと、と思うようになりました」
休みはしっかり満喫するようになった谷尻さん。そうした価値観の変化は結果的に、新しい仕事を切り拓くエネルギーをも生み出していました。
「以前は頼まれることに対して精一杯応えるということをしてましたけど、こういう状況になって、大きなホテルやオフィスの建築が中止になることが多くて。『頼まれないと生きていけない職業』っていうのも変えていかなければと思いました。自分たちで事業をつくっていかないと、社会の情勢に振り回されてしまうので」
そのなかで仲間とともに立ち上げた「DAICHI」は、自然豊かな環境に宿泊施設やサウナなどをつくって運営したり、地域のブランディングを手がけたりする会社。そこでは利用客が自ら能動的に参加することを促す施設を設計し、その価値を「便利」に慣れた現代人に提案しています。
「便利って人の思考を止めてしまう。例えば子どもの遊び場にしても、用意された場所で遊ぶっていうのはクリエイティビティが低いんですよね。僕が幼いころって自分で遊ぶ場所を見つけて遊び方を発明していた。その方が、ゼロから考えられる、ないなら自分でつくってしまえる人間になるんじゃないかなと。究極、仕事がなくなったって生きていく方法を考えられればそれでいいわけで」
すでにあるものに自分を合わせていくのは手っ取り早いかもしれないけれど、それが自分に合っているとは限らない。ないなら自分で新しい「もの」や「こと」をつくってしまう。谷尻さんが次々と新しいプロジェクトを立ち上げているのにも頷けます。
「もう少し考えてみるっていうことだと思うんですよね。木から落ちたりんごも、落ちたばかりなら一番熟しているタイミングで実はおいしかったりする。でも普通は落ちたら食べられないって判断してしまう。そこでは拾うという行為だって新しいわけじゃないですか。常識とされてきたことも、本当にそうなのかなって考えるだけで新しいことって見つかると思います」
自分がつくりたいもの、やりたいことが見つかって、もしそれができないとしたら。やはり「考える」ことだと谷尻さんは言います。
「考えれば、なぜできないかがわかる。時間がない、という人は多いかもしれないですが、それならほかのことをやめればいい。プライオリティが高ければ時間をつくるわけなので。『一』度『止』まると書くと、『正』という字になるんですよね。やめるっていうこともけっこう大事な気がしています」
慣れていてラク、というところから抜け出した先に、自分が本当に求めるものが実現するのかもしれません。
谷尻誠 Makoto Tanijiri
1974年生まれ、広島県出身。2000年に建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」を設立。敷地のポテンシャルを引き出す「絶景不動産」、細胞をデザインする「社食堂」、キャンプを楽しむプロダクトや環境を提案する「CAMP.TECTS」、環境を生かした自然開発を行う「DAICHI」などを経営。アニエスベーの銀座 Rue du Jour店、渋谷店、香港店の設計も手がけた。